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1章 8

Author: 深田あり
last update publish date: 2026-04-29 20:12:38

 体育館裏までアコを引っ張り込むと、俺はどんっと壁に手を押し当てながら彼女に向けて精一杯の睥睨を突きつける。

「な・ん・で・き・た!」

「なんでって……来ちゃいけないんですか?」

「当たり前でしょーがっ!」

 言わなきゃわかんないのかよっ!

 しかしそんな俺の突っ込みは空しく、アコは至極真面目な顔つきでこんなことを言い放ちやがる。

「だって通学中にイヤホンはポタオデの常識じゃないですか。それってつまり、使われたイヤホンは鞄の中にあるってことじゃないですか」

 色々言いたいことはあるが、取り敢えずこれ。

「ポタオデってなに?」

「ポータブルオーディオ。お外で使うオーディオのことです。主にイヤホンとDAPのことですね」

 また出ましたよDAP。なんだそりゃ。

「昨日から思ってた。DAPって何?」

「もう、そこから言わないとダメなんですか?」

「だって俺全然わかんねーもん」

 専門知識のない人間に専門用語言われたってわかるわけねーだろばーか。

 するとアコは自分の胸をどんと叩き、やけに誇らしげに語り出す。

「わかりました! 八島くんのためにオーディオのなんたるかを教えて差し上げます」

「そんな張り切らんでも」  俺はひくひくと目元を引きつらせた。

 と、まるで壇上に立つ政治家のようにアコは高らかに語り出す。

「いいですか、オーディオというのは十九世紀のイギリスで発祥しまして、オーケストラを家でも楽しむための装置として開発されました」

「ふむふむ」

「勿論アメリカの、まあエジソンですね。彼が生み出した蓄音機からレコードを鳴らすのが主流なわけですが、イギリスでは独自の発展を遂げました。電話回線で受話器を耳に当て、音を聴く。これがヘッドホン、イヤホンの祖先です。エレクトロホンと言います。聴診器みたいな形をしていますね」

「ほむほむ」

「それが発展してまずヘッドホンが開発されました。そしてヘッドホンはその装着するという観点から外でも使うという発想に至りました。ウォークマンの誕生以後それはより顕著となり、ヘッドホンはどんどん小型化され、ついにヘッドバンド、あのカチューシャみたいなやつですが、それがなくなり、イヤホンが誕生したんです」

「はあはあ」

「そしてイヤホンにしろウォークマンにしろ年月をかけ、進化を遂げてきました。DAPとはデジタルオーディオプレーヤーの略でして、ウォークマンはソニーの商標ですので一緒くたにはできません。カセットテープからCD、そしてmp3の誕生により、デジタルで音楽を聴けるようになり、それを鳴らすための装置としてDAPという呼び名がゼロ年代後半あたりに定着したのです」

「ひいひい」

「勿論イヤホンも負けてはいません。ドライバーが小型化することで音質は当然劣化するわけなんですが、これまた何十年もかけて小型のドライバーながらも高音質を実現するようになっていったのです」

「ふうふう」

「今やイヤホンはかつてのヘッドホン、いいえスピーカーを超えるレベルのサウンドを獲得したのです! 私も微力ながらそんじょそこらのヘッドホンには負けないサウンドを鳴らせると自負しております」

「へえへえ」

「その偉大なるイヤホンの……」

「ほうほう」

 と、アコがスゲー冷たい目で俺を見つめてきた。

「……真面目に聞いてます?」

「一応」

「じゃ、問題です。イヤホンやヘッドホンの元祖となったものはなんですか?」

 俺はさらりと答える。

「エレクトロホン」

 一応聞いてるからな。一応な。

「あ、聞いてるのか……ちっ」

「なんで舌打ちするんだよ!」

 本当にアコはアコというか、ろくでもないやつだった!

「いえ、だって真面目に聞いてるような態度じゃないのがムカついて」

「あのね」

 そこまで求めるのかよコイツ。

 俺はもうどうしてやろうかと思った、矢先。

「八島?」

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